イタリアの旅:オススメの旅

フリウリ・ヴェネツィア・ジュリアへの旅 トリエステ編 3/3

トリエステ、プチシリーズ最終編。

古代はローマ帝国に、その後はオーストリア帝国を中心に支配されたトリエステの街。
港町であるという地理的観点からもその存在は重要視され、様々な貿易の拠点となっていました。

【カラフルな文化】
街を歩くと、目に入るエレガントな建物。
パラッツォテルニ(Palazzo TERNI – DEI ROSSI)もその一つ。
リバティ様式の美しい姿はもとのまま、近年修復されてホテルへと生まれ変わりました。
palazzo

また様々なキリスト教宗派、あるいはそれ以外の宗教の施設が街の中心に見られ、カトリックだけでなく、セルビア系ギリシャ正教、シナゴーグなどが街に溶け込んでいます。
これは、古来より港町であったこの街に多くの人々が共存していた証とも言えます。
(また食事面でも、オーストリア料理、スラブ系の周辺国の料理も楽しむスポットも。)

写真下:ギリシャ正教のサン・スピリディオーネ教会
chiesa ortodossa

 

写真下:トリエステのシナゴーグは、ヨーロッパ内でも大きい規模を誇ります。
sinagoga

またこうした宗教の自由に近い発想は、1791年、当時のオーストリア帝国ハプスブルク家ジョセフ2世により発行された、“Patente di tolleranza(直訳して「寛容の特許」)”と呼ばれる特許でも垣間見ることができます。

≪ゲットー地区へ≫
ヴェネツィアにもあるゲットー地区(ユダヤ人地区)は、ここトリエステにもあります。
地区への入り口はこの小さな通路。
ghetto

 

ghetto2

 

狭く細長く建つ住まい構造は似通っていますが、他の街にはない違いがあります。
それは街の中心であるウニタ広場の裏手の道からすぐにあること、つまり、街の中心に設置されていることです。
それほど彼らがこの街では重要な存在であったことを裏付けています。
補足:前述の特許発行後は、この地区以外にも住まいを許されます。
(先程の入り口を少し遠目で)
ghetto1

 

≪ミラマーレ城≫
トリエステで見ておきたいスポットの一つ、ミラマーレ城。
街から約30~40分の郊外にあります。
通常、電車やバスでの移動ですが、夏の3カ月間(基本的に6~8月)は、トリエステの港から城の最寄りまで船で行くことも可能。
NAVE1

IMG_9248

海の透明度は高く、港のすぐ横に海水浴場があるほどです。
porto miramare

城の持ち主は、ハプスブルク家のフェルディナント・マクシミリアン。
妻シャルロッテとともに住むために19世紀中頃に建てられましたが、フェルディナンドはその4年後、メキシコ皇帝としてメキシコへ。
そして現地で命を落とし、妻は一人、この城で余生を送ったとのこと。

castello miramare 1

庭園が併設され、自然と海、そして絶景に囲まれたまさに夫婦の理想の城。
城内部の多くのスポットが撮影禁止となっておりますので、ご注意ください。

≪アクセス≫
トリエステ空港(ヨーロッパ、イタリア各地から)から:約30分。
ヴェネツィアから:列車で約時間

次回はチヴィダーレ・デル・フリウリへ。

最高の夕暮れ時間を楽しむことができる、ウニタ広場前の港。
IMG_8800

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