イタリアの旅:オススメの旅

レオナルド・ダ・ヴィンチ in ロンバルディア #Leonardo500

レオナルドを知るシリーズ。
ロンバルディア州都のミラノは、数々のレオナルド・ダ・ヴィンチの作品と足跡には重要な場所。
今回はこのロンバルディア州に焦点を当ててたどってみましょう。
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ロンバルディア州にレオナルドが滞在したのは、1400~1500年代の間の2回。
中でも多くの痕跡が残るのは、創作力を豊かに活動したミラノの街。
前回シリーズでご紹介しましたが、レオナルドは、メディチ家マニフィコのいるフィレンツェから、ミラノ大公の地へと移り、芸術家としてというよりもエンジニアと科学者として、ルドヴィコ・イル・モーロに仕え街と軍のプロジェクトに関わりました。

≪(1) 最後の晩餐、サンタ・マリア・デッレ・グラッツィエ教会≫
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会②
サンタ・マリア・デッレ・グラッツィエ教会というルネサンス様式の教会に食堂に残る「チェナーコロ」、「最後の晩餐」は、おそらくレオナルドの作品の中でも最も有名な作品でしょう。
ルドヴィコ・イル・モーロにより発注されたこの作品は、キリストの「使徒の中に一人、私を裏切っているものがいる」、という告白に、驚きうろたえる使徒たちとの関係を表現したもの。

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もしかすると、多くの人がこの作品はフレスコ画で描かれていると思っているかもしれませんが、実は漆喰の壁に描かれたテンペラ画です。
この技法の使用により、作品完成後からの作品の劣化が早くなってしまったのです。

≪(2) レオナルドの葡萄畑≫
サンタ・マリア・デッレ・グラッツィエ教会の前。
1919年、レオナルドの熱烈な研究家である建築家のルーカ・ベルトラーミは、衝撃的な発見をします。
1400年代ミラノの歴史的宮殿であるアテッラーニの家修復の過程で、ルドヴィコ・イル・モーロより「最後の晩餐」を実現したレオナルドに贈られた葡萄畑が見つかったのです。
アテッラー二の家と“レオナルドの葡萄畑”は、現在一般公開されており、オリジナルの葡萄を見る行程をたどることができます。

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おそらくレオナルドも、サンタ・マリア・デッレ・グラッツィエ教会の食堂での大変な作業を終えると、この空間でゆったりとした時間を過ごしたことでしょう。

≪(3) アンブロシアーナ美術館とアトランティコ手稿≫
アンブロシアーナ美術館で知られる作品。
レオナルドの手書き、デザイン、メモなどの膨大な記録を集めた有名なアトランティコ手稿です。
内容は、すべてで1,119枚に及び、天文学、光学、数学などの研究に関するものが記載されています。
美術館の内部には、模様がついた音符が描かれたカルトナージュを手にした若者が、油彩で描かれた作品、「音楽家」も目にすることができます。

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評論家によると、この人物は、レオナルドの友人であるトスカーナ州出身の音楽家、アタランテ・ミリョロッティの肖像であると考えられています。
アンブロシアーナ美術館には、その他にも、カラヴァッジョ、ティツィアーノ、ベルナルディーノ・ルイーニ、ダニエーレ・クレスピ、そしてボッティチェッリなどの作品も楽しむことができます。

≪(4) スフォルツェスコ城とアッセの間≫
スフォルツェスコ城内部で目にすることができるのは、レオナルドの芸術的代表作の一つ、アッセの間。

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枝、蔦、果物や根が絡まる様子は、巨匠の天才的な多彩さを物語っており、この作品の制作を通し、絵画、光学、植物学への彼自身の研究の驚くべき総合体を実現しました。
2013年、かつての素晴らしい輝きあるアッセの間に戻すための修復作業が開始。
スフォルツェスコ城では、トリヴルツィオ手稿と名付けられたレオナルドの語彙がまとめられた貴重な手稿も目にすることができます。

≪(5) レオナルド・ダ・ヴィンチ科学博物館≫
1953年に設立され、イタリアの科学技術博物館の中でも最も規模が大きく、国際的なレベルからも見ても重要な博物館の一つです。
レオナルドのデザインに始まる、実現された機械の模型コレクションが展示されています。

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siteIMG_8324©Museo Nazionale Scienza e Tecnologia

≪(6) レオナルドと運河≫
長いミラノ滞在の間、レオナルドは、街の運河として知られるナヴィリオの設計にも関わりました。
彼が手掛けたのは、主にマルテサーナ運河と内部河口との接続部分、さらには、アッダ川の急流の流れを直接ラリオ川へと注ぐことを計画しました。
計画自体困難を極めたため、パデルノ運河とパヴェーゼ運河が完成したのは、それから2世紀待たなくてはなりません。

ミラノの旧市街に残る運河のうち、レオナルドにより設計されたマルテサーナ運河だけが今も残っています。
コンカ・デッリンコロナータ(インコロナータの閘門)は、1967年に、建築作品として認められました。橋、(木製の)水門、そして歩行空間などは、ミラノのアンブロシアーナ図書館に保存されているアトランティコ手稿(f.240 r-c)の中で、今でもそのオリジナルの設計を見ることができます。

写真はここをチェック(サン・マルコ運河、ミラノ市観光局)

≪ロンバルディア州内の隠れスポット≫
♦ヴィジェヴァーノのスフォルツェスコ城
ヴィジェヴァーノにあるスフォルツェスコ城は、レオナルドがたびたび招かれた場所。
今は“レオナルディアーナ”という博物館として、世界に散らばったレオナルドの手稿を含め、レオナルドが関わったすべての絵画を原寸大に再製したマルチメディアシステムにより、天才の作品を楽しむことができます。

ヴィジェヴァーノの街を空から

♦アッダのエコミュージアム
アッダのエコミュージアムは、アッダ川の流れに沿って広がる場所に建てられたエコミュージアムです。
この場所と風景の様子は、レオナルドが残した様々な文章に残されています。
このエリア、自転車、船、馬、そして徒歩など、思い思いの方法でレオナルドに関わる場所を散策してみてはいかがでしょうか。
水に浮かぶトラゲット・ディ・レオナルド(レオナルド号)に乗れば、ヴァプリオ・ダッタにあるヴィッラ・メルツィ・デリール、トレッツォ城、そして水辺に立つ(王家の人々など、多くの歴史上の人物が滞在した)カーザ・デル・クストーデ・デッレ・アクエなどを通し、アッダでのレオナルドの息づかいを感じることができます。
Ecomuseoleonardo

出典:Wikipedia Commons 

♦3つの岩山
エコミュージアムの行程には、芸術好きならおなじみの風景を目にすることができるでしょう。
そう、あの有名な「岩窟の聖母」の奥の背景となった3つの岩山があるのです。
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♦パヴィア大聖堂
ミラノから電車で約40分の中世の街、パヴィア。
その街の中央に残るのがパヴィア大聖堂。
この大聖堂建築プロジェクトにも、レオナルドは関わりました。

ローマ本局サイト情報より

次回はレオナルド in トスカーナ州!

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