スフォルツェスコ城

Castello Sforzesco

500年以上の長い歴史を誇るスフォルツェコ城は多くの観光スポットを擁するミラノでもシンボル的な存在である。もともとは都市国家であったミラノの支配権を確立したヴィスコンティ家の城跡であり、15世紀にミラノ公国の統治者となったスフォルツァ家のフランチェスコ・スフォルコツァによって改築された。その後もスフォルツァ家の居城として増築が繰り返され、ミラノ最大のルネサンス建築となっている。その美しい外観だけでも十分に楽しむことができるが城内見学も可能で、内部には博物館もある。城内にもいくつもの見所があるが、中でも特に見所なのがレオナルド・ダ・ヴィンチによる天井画のある「板張りの間(サラ・デッレ・アッセ)」、そしてミケランジェロが亡くなった際に工房に残されていた未完の傑作である「ロンダニーニのピエタ」だ。ルネサンス期の2大巨匠の作品を同時に楽しむことができる。
その他にも古代美術館をはじめとして10を超える博物館や展示館室などがあり、数え切れないほどの見所がある観光スポットとなっている。
スフォルツェコ城は予約不要で自由に入場可能だが、「ロンダニーニのピエタ」が展示されている「ロンダニーニのピエタ美術館」は入場待ちの行列ができることもあるのでスケジュールには余裕を持つようにしたい。

ロンダニーニのピエタ

Pietà Rondanini

ロンダニーニのピエタ

© Comune di Milano

ロンダニー二のピエタは天才彫刻家であるミケランジェロの生涯最後の作品である。ピエタとは十字架に磔となりその後下ろされたイエスを聖母マリアが抱き抱える姿をあらわした聖母像のひとつである。ミケランジェロはその生涯の中でピエタ像を4作取り掛かっているが、スフォルツェスコ城でみることのできる「ロンダニー二のピエタ」は未完成のものであり、また作品自体の構成も他の4点とは大きく異なっている。
本来ピエタはマリアの膝に横たわるイエスを描いているが、「ロンダニー二のピエタ」ではイエスを後ろから抱き抱えるようにマリアが配置されており、両者が溶け合うように立っている。また、マリアとイエスが痩せ細っていることも作品の大きな特徴である。
世紀の大天才であったミケランジェロだが、亡くなる直前には失明していたといわれている。腰が曲がり目も見えない中、その灯火が潰える直前まで掘り続けたイエスと聖母マリアの姿は、未完成とはいえこちらに迫りくるような神々しさを持つ印象的な作品である。

城の外観

城の外観

© Depositphotos

現在は美術館や博物館として公開されているスフォルツェスコ城だが、スフォルツァ家によって城兼要塞として建てられてからは度重なる戦いを切り抜けてきた。「ヨーロッパの公爵家の城」と聞くと物語に出てくるような豪華絢爛なものを想像するが、城全体を高い壁が取り囲むスフォルツェスコ城は重厚な雰囲気のある要塞としての印象を強く受ける。
ヨーロッパでも類を見ないほどの要塞であったスフォルツェスコ城だが、1796年皇帝ナポレオンによるミラノ征服時に一部の施設が破壊される。その後1891年から1905年にかけて修復され、今もその要塞内は公園として地域住民に親しまれている。夜はライトアップされ、昼とは異なる雰囲気を楽しむことができる。

全体像

全体像

© Depositphotos

ミラノ公国の貴族であったヴィスコンティ家の居城をスフォルツァ家が改築してできたスフォルツェスコ城。今では博物館・美術館・公園として人々に親しまれている。スフォルツェスコ城ではミケランジェロがその障害を終える数日前までノミをくわえて掘っていたとされる未完の聖母子像である「ロンダニー二のピエタ」などをみることができる。
また、2013年にはスフォルツェス城の漆喰の何層も下からレオナルド・ダ・ヴィンチの壁画が発見された。漆喰の下に何百年も隠されていたその壁画は巨大な大木が部屋を包みこんでいるかのような大作で、天井や壁一面に木の幹や枝、びっしりと茂る葉が描き込まれている。この部屋の壁画がなぜ隠されていたのか理由は明らかになっていないが、ダ・ヴィンチがこの壁画に取り組み始めた直後に起こったフランスによるミラノ征服が起こったことなどから未完成のままになっていたのではないかと言われている。
この壁画のある「アッセの間」はダ・ヴィンチ没後500周年を迎えた2019年には特別公開もされていた。普段入ることはできないが、タイミングが合えば一見の価値があるだろう。