2022.01.26

城と要塞を巡る in ボローニャ郊外


昔と今はつながっている。
そう肌で感じる場所、それがボローニャ。

ボローニャの街は、イモラ地方に散りばめられた村々と要塞を通って、北部の平野から南部の丘陵地帯と山々を有する広大な自然公園の中心にあります。
自然の宝庫アペニン山脈は、歴史的な中心からほど近い場所であるにもかかわらず、まだあまり探索されず、魅惑的なウォーキングルートや、美しい風景や建築物の中に本物の場所を見つけることができます。

ラ・ロッケッタ・マッテイ
ボローニャとポッレッタをつなぐ道を進んで行くと、アペニン山脈の伝統的な建築では見ることの無いスタイルで造られたこの荘厳な建造物が出現します。

(カノッサの屈辱で知られる)マティルデ・ディ・カノッサの古い中世の古城跡に、19世紀、チェーザレ・マッテイ伯爵の意思で建造されたこのロッケッタは、中世ゴシックとムーア様式の影響を受けた存在する限り唯一無二のスタイルに特徴づけられています。
城内でお勧めの最も美しいエリアのひとつは、スペインのグラナダにあるアルハンブラ宮殿の中庭を再現したレオーニの中庭、コルドヴァ大聖堂を模して建造され、今は伯爵の遺骨が納められている礼拝堂です。
ロッケッタは、いくつもの塔と、(ロシアの)‟クレムリン”のような玉ねぎのような丸屋根があることでも知られています。

 

何よりも興味深い点、それは、この建物自体が、居城として構えたチェーザレ・マッテイ伯爵というひとりの人間の歴史時代を物語っていること。

チェーザレ・マッテイは、1809年ボローニャの裕福な家庭に生まれました。
父親を18歳の時に亡くし、さらに1844年に母親も失いました。
この悲劇的な体験、特に母親を救うことができなかったという、当時の薬が効果をなさなかったことが、彼の中に大きな喪失感として残りました。
こうした思いが、“新しい薬”を研究するために、ボローニャを後にして、ヴィルゴーゾにある所有地に引きこもることになりました。

1850年、中世の古城の痕跡が残る土地を購入し、“ロッケッタ”の建築を開始。
1859年から自身の居城とし、宮廷を備えた中世の領主のような生活を送ったのです。
続いて彼は、(当時の新しい医療であった)ホメオパシーを学び、研究努力と自身の薬剤の普及に身を捧げました。
あまり多くは知られてはいませんが(‟カルヴァニズム”の伝統、あるいは、薬草の知識なども関係しているとも言われますが)、これらの実践については、世界的にも知られるようになりました。
1896年の彼の死後、これらの研究は1959年まで引き継がれて継続されました。

≪協力≫
Bologna Welcome
La Rocchetta Mattei ラ・ロッケッタ・マッテイ

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