2022.02.16

城と要塞を巡る in プーリア州

見張り塔と古城の間を歩く、それがプーリアの要塞です。
プーリア州は歴史的にも征服と支配を繰り返してきた土地であるため、要塞や宮殿は、この地を支配した有力者らの荘厳な象徴と言えます。
プーリア州内にある古城と塔の総数は290、それぞれに深い歴史があります。

≪カステル・デルモンテ Castel del Monte≫

海岸線に沿って、プーリア州の中心となるスポットがあります。
まず外せない場所、それは、ユネスコ世界遺産にも登録されているカステル・デルモンテ。

アンドリア地方にポツンと建つ、スヴェヴォ家のフェデリコ2世により建造された要塞です。
プーリア州の古城への旅はここから始まります。

≪ターラントのアラゴン城≫
他にも州内には、城壁に組み込まれた塔やルネサンス期の要塞なども点在し、戦いの時代の痕跡を今も感じることができるのです。

例えばターラントにあるこアラゴン城(Castello Aragonese *現在は軍施設)
街自体が要塞化しています。

©Carlos Solito
起源は紀元前4~3世紀のギリシャの占領にさかのぼり、その要塞の跡地に建設された古城。
15世紀、当時のナポリ王であったアラゴン家のフェルディナンドにより、海岸線の要塞強化のために再建されました。

 

≪自然豊かなヴィエステのスヴェヴォ城≫
ヴィエステにあるスヴェヴォ城
その名前が歴史に登場するのは、1059年の羊皮紙の中です。
1043年からプーリア領の中心であったメルフィの街で、1059年から1137年の間に6度にわたって開催された「メルフィ会議」の記録から。
教皇はその都度変わる長い時間をかけて断続的に行われたこの会議は、教皇とノルマン王朝のトップとの間で開かれた宗教会議です。

1240年前後、フェデリコ2世により、プーリア海岸沿いの要塞強化の一環として、再建されました。
海岸沿いという言葉通り、目の前がアドリア海に面した自然の要塞となる位置にあるスヴェヴォ城は、その後のスペイン王朝による介入で、15世紀に建築にも手が加えられました。
そのため12世紀同時の痕跡がほぼ消し去られることとなります。

しかし城自体はそれまでにも損害を受けており、例えば教皇とフェデリコ2世の抗争があった時代には、ヴェネツィア共和国により攻撃され、甚大な被害となりました。
フェデリコ2世はその際、城をすぐに再建、拡大、さらには街の城壁を強化し、大聖堂の修復も行っています。

ヴィエステの街

≪協力≫
プーリア州観光局

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