2021.05.17

<ダンテ700> ダンテの痕跡をたどる ~ローマ編

Rome Italy (Getty Images)

ダンテとローマ。
「神曲」の地獄篇の最初の箇所に語られる程、ダンテにとってもローマはとても大きな存在でした。
「神曲」の中では18か所の実際のスポットの名前が記載されているほどです。
その中から7箇所、ピックアップしてご紹介いたします!

1.サンタンジェロ橋
サンタンジェロ城へとつながる橋のシンボルと言えば、天使の彫刻。

この彫刻自体は、1600年代中頃に制作されたため、ダンテの時代にはまだ存在していませんでした。
古代ローマ皇帝ハドリアヌスのお墓として建造されたこの城、そしてヴァティカン市国のサン・ピエトロ大聖堂へと続く橋。
ダンテもきっとこの橋を通ったことでしょう。
地獄篇18歌には、1300年のジュビレオに関わる記述が残されており、ダンテが見たであろう様子を「神曲」から垣間見ることができます。

2. ヴァティカン市国、ピーニャ(松毬)の中庭
「サン・ピエトロ大聖堂の松毬」は、地獄篇31歌59行目に登場します。

高さ4mほどもある大きな青銅製の松毬は、1~2世紀ごろに造られました。
12世紀以降は、大聖堂の噴水の一部をなしており、そこからあふれる水で巡礼者は喉をうるおすなどしていました。
ダンテの時代はサン・ピエトロ大聖堂の入り口付近に置かれていましたが、現在はピーニャの中庭に飾られています。

3.「ダンテの家」
ダンテが生きた12~13世紀には、ローマには少なくとも300の塔が建っていました。
塔は中世の時代、貴族らの権力の象徴として各地で建てられました。
1301年9月、ダンテが教皇の元に、フィレンツェから大使一団として赴いた際、どこに住んでいたのかはわかりません。
しかし、その痕跡が残るのは、「アングイッラーラの館 Palazzetto degli Anguillara 」です。
戦略上、ティベリーナ島の向かいにテヴェレ川に沿って建てられたこの塔のある建物は、15世紀以降では所有者が何度も変わりましたが、ローマ市内に残る最も古い塔のひとつです。
1887年にこの建物はローマ市の所有となり、1920年には「ダンテの家」に委ねられました。
「ダンテの家」は、1914年に誕生した、ダンテの作品を研究し普及させる組織です。
現在もその研究は続けられ、講演会や展示会、イベントなどを開催しています。

4. ヴァティカン市国、ラファエッロの間
1300年代半ばを生きた詩人ボッカッチョは、ダンテとその作品について情熱的な言葉を残し、ダンテの名声は、彼の肖像画を通して、同時代の人々に多くの影響を残しました。
中でも最も古いダンテの肖像画がジョットにより描かれたものです。
そして多くの人が目にしたことがあるダンテの肖像画は、サンドロ・ボッティチェッリにより描かれました。
ローマに残るダンテを描いた肖像画と言えば、1500年代初頭教皇ユリウス2世の時代に、ラファエッロにより描かれたダンテ肖像画のフレスコ画です。
ヴァティカン博物館ラファエッロの間に残された「パルナッソス(Parnaso)」そして「聖体の論議(Disputa del Sacramento)」の2つの作品にダンテの姿が描かれています。(この中のどこかにダンテが…)

「パルナッソス」

「聖体の論議」

 

5. マッシモ・ランチェロッティ邸(Casino Massimo Lancellotti)
地獄篇、煉獄篇、天国篇、この3篇が一つの部屋で楽しめる場所。
19世紀初めごろ、カルロ・マッシモ侯爵が、サン・ジョヴァン・イン・ラテラーノ大聖堂から程近い17世紀のエレガントなカジノを購入した際、3つの部屋の装飾を、アーティストらに委ねました。
その中のひとつの部屋の題材が、ダンテです。
アーティストらは、北ヨーロッパ出身で、イタリアとは異なるスタイルを持つアーティストらでした。このカジノに残る芸術は、彼らのローマにおける活動を目にすることができる貴重な痕跡でもあります。
ダンテと「神曲」に捧げられた部屋には、リアルに描かれた地獄の表現がとても印象的であり、ダンテの姿だけでなく、ウェルギリウスの姿も描かれています。

6. ピンチョの丘のダンテの像
この1920年代に生まれたエスクイリーノ地区には、ダンテに捧げられた「ダンテ広場」があります。
本当は記念碑が建てられる予定でしたが、実現しませんでした。同じように記念碑を建てる計画が、1938年にフォーリ・インペリアーリ通りに持ち上がりましたが、こちらも実現されず。
でもローマ市内で最初に一般に開かれたピンチョ公園には、ダンテの銅像に出逢うことができます。

7. ベッソ宮殿(図書館)(Palazzo Besso)
1400年に建築された建物は、トッレ・アルジェンティーナ広場に面した、歴史的エリアにあります。

1905年にマルコ・ベッソにより購入されたため、この名がついています。
マルコ・ベッソ自身、ダンテを愛する研究者でもあり、今は、世界のダンテ研究の書籍を収集している重要な図書館となっています。
1907年に完成した木製の家具で囲まれた内装に、珍しい15世紀のインキュナブラ、多くの16世紀や現代や外国語版の「神曲」など、貴重なものが保存されています。

参考情報:ローマ市観光局

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