2021.05.20

<ダンテ700> ダンテの痕跡をたどる≪ダンテ街道≫

1302年、死罪を言い渡されたダンテは、フィレンツェから追われ、亡命の途へと旅立ちます。その旅の中で、「神曲」のインスピレーションを受け、形にしていったと言われています。

ダンテが生まれたフィレンツェから、彼が最期の日々を過ごし、墓が残るラヴェンナまで395km。
イタリアの背骨と言われる、アペニン山脈を挟んだ反対側にあるこの街までの間には、自然豊かな森と歴史的な街、そして中世の城が点在しています。
「神曲」の中にも、様々なスポットがちりばめられ、ダンテの痕跡を追うべく、各地が協力し、「Le Vie di Dante」(ダンテ街道)として関連スポット情報を発信しています。

♦出発地点はフィレンツェ、そして到達地点はラヴェンナ。

フィレンツェは最初のシリーズでご紹介しているため、フィレンツェを追われたダンテに関わるスポットについて、鍵となる場所をいくつかご紹介いたします。

アックアケータの滝 (Cascata dell’Acquacheta)
「神曲」地獄篇第16歌で触れられるこの滝は、フォレスト・カゼンティネージ国立公園内にあります。
国立公園は、トスカーナ州とエミリア・ロマーニャ州にまたがる自然エリア。
高さ約70mのアックアケータの滝は、エミリア・ロマーニャ州側にあり、トレッキングで訪れることができます。
もちろんダンテの時代には公園ではなく、街と街をつなぐ道が通る森。
自然豊かなまま残るからこそ、その面影を感じるできるスポットです。

Autumn landscape in the Apennines

◊ムジェッロ
ムジェッロは、トスカーナ州とエミリア地方とを結ぶ場所にある街。
そしてメディチ家、画家のジョット、ベアート・アンジェリコなど、多くの歴史的人物が深く関係している場所です。

ヴァル・モントーネのサン・ゴデンツォ修道院 (トスカーナ州)
この地でダンテは、皇帝派と教皇派との間で行われた会合に出席しました。
そしてこの修道院で、その命にサインをしたとのこと。
今この教会の前にある広場には、ダンテの名前が付けられています。

◊ロメーナ城 (トスカーナ州~エミリア・ロマーニャ州)
11世紀にスポレート侯爵により建てられた城で、亡命中のダンテを受け入れたスポットのひとつと言われています。
その他にも、ポッピの街にあるポッピ城、ファエンツァの街、そしてブリジゲッラの街が、快くダンテを受け入れていたされています。

ファエンツァは、古代ローマ時代とルネッサンスの痕跡が色濃く残る街で、陶器の街としても世界的に知られています。

ブリジゲッラ

またブリジゲッラは、イタリアの最も美しい村々に登録されており、マンフレディアーナの砦で知られています。

 

♦実際に歩いてたどるダンテの道も動画でアップされています。

 

◊ラヴェンナ
1321年9月、この地でダンテはこの世を去りました。
お墓は今もラヴェンナの中心、ダンテ自身が通った教会の裏手に残ります。
亡命の旅をラヴェンナで終えたとき、「神曲」の草稿もここで完成させたと考えられています。

サンタポッリナーレ聖堂

動画でダンテは、自身のお墓からラヴェンナの街を巡ります。
きっとダンテはまだ、見えなくともすぐ近くにいるのかもしれませんね。

 

情報元:エミリア・ロマーニャ州観光局 ラヴェンナ観光局

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