2021.10.01

«スピンオフ….「神曲」地獄篇ジェノヴァ≫

📌スピンオフ:Dante700 ダイジェストサイトでは語られなかった現地からの深掘り情報をご案内

“自身の起源をよく考えるのだ。あなたは動物のように生きるために創造されたのではない。美徳と知識に従うためだ。”
(「神曲」 地獄篇 第26歌)

この歌の中で特徴的なのは、それは人を鼓舞する、強い意志を感じること。
はっきりと記載はされていませんが、新しい世界に旅立つ予感を見せる内容は、間もなく迎えようとしていた大航海時代への予言的響きを感じさせます。
実際に神曲が記された時よりも、大航海時代は後にはなりますが、未来へのイマジネーションを、ダンテは意識していたように思えないでしょうか?

当時のイタリアには主要な海洋都市が存在しました。
ヴェネツィア、ピサ、アマルフィ、そして大航海時代を作ることになるコロンブス(イタリア語名:コロンボ)が生まれたジェノヴァの街です。

©Comune di Genova

クリストーフォロ・コロンボ、世界でもっとも知られたジェノヴァ出身の船乗りの肖像は、1500年中期にリドルフォ・デル・ギルランダイオにより製作されたもの。
今は、コロンブスの貴重な資料とともに、海洋博物館(Galata Museo del Mare )に保存されています。

【コロンブスの家】
今は小さな博物館となっているかつてのコロンブスの家族が過ごした家は、当時へタイムスリップさせてくれる場所。

© Foto CA.Alessi

【若き日のコロンブス】
街と海を眺める若き日のコロンブスの彫像(ジュリオ・モンテヴェルデ作:1872年)があるのは、同じく船乗りだったエンリコ・ダルベルティスのジェノヴァの住まいだったダルベルティス城
ダルベルティスが集めた民族コレクションは、今は城内の世界文化博物館に所蔵されています。

©Comune di Genova

そして数えきれない船乗りがここから旅立ったかつての港は、ジェノヴァ出身の建築家レンツォ・ピアーノ氏設計により、現代的なエリアへと生まれ変わりました。


©Comune di Genova

≪そしてここからはあまり知られていない現地からの情報≫

「神曲」地獄篇の最後の歌、第33歌には、ジェノヴァ出身の人物の名前が実際に確認できます。
それはブランカ・ドリア(Branca Doria)という人物です。
歌の中でダンテはこの人物と面と向かって対峙します。

でも実は、まだブランカ自身はその時点では存命でしたが、犯した罪の大きさから、「生けるまま魂だけ先に地獄へ落とされている」、という設定なのです。

≪ブランカ・ドリアとは≫
1235年頃にジェノヴァで生まれ、彼の父親と兄が亡くなったことから、サルデーニャにあった多くの財産の権利を所有することになりました。
ブランカは、財産と貴族の称号を得ることだけを目的にザンケ家の娘と結婚した、と言われています。
しかし1283年、当時強い勢力を持ったピサがアルゲーロを襲い、その際にそれらの財産を放棄せざるを得ない状況に陥ります。時期を同じくして、ブランカ・ドリアは、宴会に自身の義理の父親である、ミケーレ・ザンケを招待し、殺害した、と言われています。

そして、ジェノヴァにはブランカ・ドリアのファンタズマ(幽霊)が現れる、と言われるミステリースポットがあります。
ブランカ・ドリアの宮殿(Palazzo di Branca Doria)は、現在のサン・マッテオ広場に面して建っています。

Piazza San Matteo e Palazzo B Doria – foto Studio Leoni

中央がサン・マッテオ教会、その左側に見えるのが、ブランカ・ドリア宮

 

その宮殿から、今も夜な夜な外出し、目の前にある施錠されたサン・マッテオ教会に、血で汚れた手のまま入っていく。
入った先にある右手の柱に寄りかかりながら、自身の罪への許しを得るのです。
だからか、今もその柱の一部だけが赤く染まっています。

 

≪協力≫
ジェノヴァ観光局
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