2021.10.29

«その先のダンテ… 「神曲」煉獄篇ウンブリア≫

📌スピンオフ:Dante700 ダイジェストサイトでは語られなかった現地からの深掘り情報をご案内

“あなたは細密画を描くオデリージではないか?”
(「神曲」煉獄篇 第11歌)

この歌で登場するオデリージ・ダ・グッビオは、ウンブリア州グッビオ生まれの芸術家です。
ダンテにも語られる彼の細密画は当時とても有名で、それは作品がヴァティカン市国にも残るほどです。

その他にも、トリノ国立図書館内所蔵「Digestium infortiatum di Giustiniano(ユスティニアヌスの学説彙纂)」、ボローニャ大学図書館所蔵「Salterio 346(詩篇346)」などがありますが、それぞれ厳重に保存されているため、一般に目にすることができる機会はとても限られる超貴重なアート。
1240年代から1300年代初頭を代表する芸術家と言えば、歌にも出てくるチマーブエ、そしてジョットなども欠かせない芸術家たち。
でも、ダンテとウンブリア州なら、「神曲」について欠かせないもう一つの大切な場所、それはフォリーニョです。

ウンブリア州のフォリーニョでは、1472年4月11日、ジョヴァンニ・ノイマイスター、そしてトレヴィのエヴァンジェリスタ・アンジェリーニらによって、「神曲」の初版が印刷されました。
*フォリーニョで印刷された「神曲」は、ベッルーノ神学校図書館内に保存された1300年代の写本“Lolliniano 35” をもとにしていることが特定されました。
この初版印刷に協力したのが、フォリーニョのマリオッティ・オルフィーノとエミリアーノ・オルフィーニの兄弟で、オルフィーニ家は教皇の造幣職人の家系であり、エミリアーノ自身は優秀な彫刻家でもありました。

フォリーニョの印刷博物館

当時ドイツは、1462年のマインツの略奪が起き(印刷技術が発達していたドイツの都市マインツにおける司教同士の争いが発端)、職人が各地に散らばったことから、技術的に進んでいたドイツの初期印刷技術がイタリアに持ち込まれました。
その職人のうちのひとりで、活版印刷を発見したヨハネス・グーテンベルクの弟子であったジョヴァンニ・ノイマイスターが、数人の仲間とともに、写本の写字家としてフォリーニョに来たのは1463年頃と思われます。

オルフィーニ家の2人の兄弟は、彼らに投資し、1470年に印刷所を開設して彼らに協力。その結果1472年、フォリーニョで「神曲」の初版印刷が実現したのです。

現在、フォリーニョの印刷博物館(Museo della Stampa)には、15世紀以降から今に至るまでの様々な貴重な所蔵品を目にすることができます。

そして毎年、イタリア全土で開催される「ダンテの日 Giornate dantesche」の一環として、フォリーニョでは2012年から、2年に一回のビエンナーレ「リブロ・ダルティスタ(Libro d’Artista)」が4月から5月に開催され、ペルージャの美術学校の生徒たちにより制作された芸術的な装丁やアート本が展示されます。

ペルージャの街

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